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真っ赤な色とフォルムが特徴的な福島の赤べこはなぜ赤い?

2019.09.25

真っ赤な色とフォルムが特徴的な福島の赤べこはなぜ赤い?

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皆さんは福島県の「赤べこ」という工芸品をご存知でしょうか。赤い牛の縁起物である赤べこは、その首がゆらゆらと揺れる姿が非常に特徴的です。この赤べこは福島県会津地方の柳津町が発祥と言われていますが、なぜこのように真っ赤な牛が縁起物として担がれるようになったのでしょうか。

この記事では独特な動きとフォルムが愛くるしい赤べこについて、赤べこの体が赤い理由やその作り方などを紹介します。

赤べこの体はなぜ赤いか

赤べこと言えば真っ赤な牛の張り子のことを指しますが、そもそもなぜあれほどに鮮やかな赤色をしているのでしょうか。

実は発祥元である福島県の会津地方では、赤べこは元来子供の魔除けの郷土玩具として利用されてきました。赤色の体には魔除けの効果があり、体にある斑点模様は天然痘を表しているとされています。なぜ赤べこの体に天然痘を表す斑点があるかと言うと、福島県内で天然痘が流行った際にも赤べこを持っていた子供だけは天然痘にかからなかったという伝承があることに起因するそうです。

この独特な色とフォルムをした赤べこは、天正時代に蒲生氏郷が殖産振興のために招いた技術者により伝来されたと言われています。また赤べこの由来には諸説あるとされ、平安時代に蔓延した疫病を払った赤い牛の伝説や、会津地方の大地震が起こった際に円蔵寺の虚空蔵堂の時に活躍した赤い牛の伝説などが元ではないかと推察されています。

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円蔵寺の赤い牛の伝説とは

ここで赤べこの由来とされる、会津地方の大地震後に活躍した赤い牛の伝説にも軽く触れておきましょう。

大同2年、柳津町の円蔵寺の住職だった徳一大師は円蔵寺の虚空蔵堂を建立する際に、川の上流にある村から大量の材木を寄進されます。しかし村から寺までの間を流れる只見川は水量も多く、材木を運びやすい流れの穏やかな川とは大違いでした。そして円蔵寺を建立予定だった土地は崖上であったため、川に流して運んだ材木をさらに崖上まで運ばなければならず、人々が大変苦労したことは想像に難くありません。

村の人々や大師が材木運びに難儀していると、どこからともなく大量の牛の群れが現れます。川の水量の多さに難儀して材木を運ぶに運べず困っていた人々に力を貸すように、牛の群れは材木運びに助力してくれました。ただ牛にとっても流量の多い川を渡り材木を運ぶ重労働は過酷を極め、多くの牛がその途中で疲れて倒れてしまいます。その中で最後まで働き続け、材木を全て運び終えてくれたのが体が赤い牛だったと言われています。

そしてその牛はお堂が完成した時点で忽然と姿を消してしまったそうです。虚空蔵菩薩の牛寅の守り本尊としても知られる赤い牛がお堂作りを手伝ってくれたため、当時の人々は恐らく神のご加護に違いないと確信したことでしょう。

この出来事があったことにより、境内には「撫牛(なでうし)」が建立されました。以来、会津の人々は赤い牛の姿を模した撫牛や赤べこを特別な存在として、後世にまで受け継いでいったとされています。

この他にももちろん赤い牛の伝説はありますが、そのどれもが身を挺して人間のために働いてくれた姿が特徴的です。そんな赤い牛への尊敬と感謝の念が込められ、魔除けの意味を持つ赤べこが民芸品として長らく愛されるようになりました。

赤べこの作り方とは

赤べこの特徴と言えば何と言ってもその真っ赤な体と、ゆらゆらとゆっくり揺れる首元です。独特な動きをして人々の目を和ませてくれる赤べこはいったいどのようにして作られるのでしょうか。「あいばせ 会津の物産・会津赤べこの話」を参照しながら、以下でその作り方を紹介しておきます。

  1. ホウノキと呼ばれる木材をのみや小刀で削り、あらかじめ木型を作っておきます。
  2. 出来上がった木型の上に何枚もの和紙を貼り付け、その状態で乾燥させます。
  3. 完全に乾き切ったら、小刀で腹や背中の部分の和紙に切り込みを入れて木型を取り出します。
  4. 切り込みを入れた部分をもう一度を貼り合わせてから、貝殻を粉状に砕いてニカワで練った胡粉(ごふん)で下塗りをしておきます。
  5. 赤い染料などをニカワで溶かし、下塗りに重ねて塗っていきます。
  6. 墨などで赤べこの特徴的な模様や顔立ちを描き加えます。
  7. 首がよく揺れるように首の後部に重りをつけ、糸で吊るして完成です。

赤べこは首がゆらゆらと揺れる様が特徴的な工芸品ですが、その作り方は一種独特です。首と胴体部分の接続方法に工夫がされ、重りをつけて糸で吊るすために首周りは幾分余裕のある作りになっています。ゆらゆらと揺れる頭については胴体に差し込まれた部分とで振り子状に作用するため、頭の部分に少し触れると上下左右にゆらゆらと揺れる振り子運動により、非常にユーモラスな動きを見せてくれるという訳です。

赤べこの発祥地はどんな場所か

赤べこの発祥地として福島県の柳津町を紹介しましたが、柳津町とはどのようなところなのでしょうか。

遠方の方が赤べこ発祥の町に行くには東北新幹線のJR郡山駅まで新幹線で行き、西に向かってさらに車を40分走らせるとようやく見えてきます。道の駅である「観光物産館 清柳苑」の駐車場前に立つ大きな看板には、これ見よがしに赤べこのイラストが描かれています。

そして赤い牛の伝説にも出てきた只見川には、アーチ型の2本の橋が架けられています。色は赤べこ同様に鮮やかな赤色をしています。また日本三大虚空蔵の一つとして知られる「福満虚空藏菩薩(ふくまんこくうぞうぼさつ)」を祀るお寺こそ、あの赤い牛の活躍によって無事建立されたお寺という訳です。

そんな柳津町には赤べこのモニュメントが至る所に建てられており、実はその全員が赤べこファミリーの一員になっています。お父さんの「福太郎」にお母さんの「満子」、子供達として「あいちゃん」と「もうくん」がいます。各地に建てられた赤べこファミリーのモニュメントは、人が寄り添って立てるほど大きいため一緒に写真を撮ることも可能です。

柳津町の観光名所に赤べこファミリーはいるので、旅の記念に2ショット写真や家族写真を残すのもおすすめです。

また柳津町の各地には赤べこをモチーフにしたグルメや土産品が多数あるため、赤べこ関連の物を探して散策するのもまた楽しいです。そして赤べこ発祥の地である柳津町ならではの体験ができる観光スポットとして、「憩いの館 ほっとinやないづ」があります。

ここでは赤べこの絵付けを実際に体験することができ、実際に毛先の細い筆を使って赤べこの顔や模様を描いて、オリジナルの赤べこを作れます。約30分程度で絵付けは終わるため、興味があれば福島県の銘菓でもある「あわまんじゅう作り体験」もやってみるといいでしょう。

柳津町には赤べこにちなんだ祭りがある?

町のそこここで赤べこ愛が見られる柳津町ですが、実は赤べこ関連のお祭りまで催されています。毎年10月上旬の土曜日には「会津やないづ赤べこまつり」を開催しており、その見どころは何と言っても円蔵寺の赤い牛伝説を再現した「赤べこ丸太引き選手権」です。

巨大な丸太を5人1組で引っ張るこの選手権、綱渡りの綱が巨大な丸太と縄に変わっています。大人の男性が丸太を引っ張り合う様はなかなかに迫力があり、最後まで勝負を見守りたくなること間違いなしです。赤べこ愛がすごいお祭りを見てみたいという方は、日程を調整して柳津町に足を運んでみてもいいかもしれません。

赤べこの種類とは

人々のために無償で働いた赤い牛の伝説を後世に伝えるために作られる赤べこですが、赤べこの種類は意外と豊富です。この章では最後に、赤べこの種類についていくつか紹介しておきます。

赤べこ

ベーシックな赤い体に白い縁取りの黒い斑点模様が特徴的な赤べこです。子供の誕生時には壮健に育つことを祈願し、また疫病除けとしても贈られることが多い工芸品です。

俵べこ

上記で紹介した一般的な赤べこが米俵を背負ったものです。米俵は五穀豊穣と恵みの象徴であるため、壮健祈願と疫病除け、さらに服を呼び込んでくれるようにという祈りが込められています。

千両べこ

一般的な赤べこが背中に千両箱を二つ背負った姿をしています。赤べこ本来の祈願に加えて家にお金を運んできてくれるようにという祈りが込められています。

ハンサム・ブロッサム

こちらの商品は赤べこのフォルムではあるものの、一種記念品としての意味合いが強いです。大河ドラマ「八重の里」の主人公である新島八重をモチーフにしており、赤い体に大輪の白い花が描かれた赤べこと、黒い体に大輪の白い花が描かれた黒い赤べこの2種類があります。幕末の戊辰戦争時には銃を手に持ち戦い、「ハンサム」に激動の時代を駆け抜けた新島八重の姿をイメージしているそうです。従来の赤べこよりもモダンな印象で、リビングや洋室に飾ってもあまり違和感のないデザインになっています。

赤べこ 青海波

会津伝統の赤べこと言えば赤い体ですが、赤べこ 青海波では青い体に幾重もの波模様が非常に印象的です。波模様や水には清める意味があり、幸福が波のように途切れることなく訪れるようにとの願いが込められています。赤べことはまた違った涼しげな色で、深い色合いの青色が非常に美しい赤べこです。

赤べこと聞いてよく思い浮かべる置物の赤べこ以外にも、赤べこ関連のグッズは多数販売されています。現代風にアレンジされたデザインの赤べこグッズもあるので、福島県の土産品として可愛らしい赤べこを購入してみてはいかがでしょうか。

まとめ

柳津町に幸福の象徴として古くから伝わる赤べこの置物は、少し触れるだけで首がゆらゆらと揺れる姿が特にユーモラスな工芸品です。また赤べこの顔や模様は職人の方が一つ一つ絵付けをするため、よく見るとそれぞれの顔が意外と違うものです。

柳津町に足を運んだ際にはずらりと並べられた赤べこの顔を一つずつ眺め、自分が良いなと思った一体を選んで連れて帰ってみるのもまた一興ではないでしょうか。

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